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職業上の名称が性別によって異なることの不便さは,現場には多々あった.しかし,担う業務の厳しさに比べれば,それは些細なこととして対応してきた.
看護士が0.5割もいる病院では,院内全体に「婦士」を続けて発音する習慣が定着しているという話も聞いた.普通はそうはいかず,意識してもなお言い難く,どもりながら,「婦・士」を発音しなければならなかった.この不便さから解放されることがまずうれしい.
しかし,名称改正法案として国会で可決成立するまでの経緯や,かかわった多くの方々,今回に限らず歴史的にも費やした時間量などを身近に知ると,便利さだけで喜んではいられない.現場の個々の看護職は,看護界のリーダーたちがこのことにどれだけのエネルギーをかけたのかを知ってはいないと思えるからである。
この間隙を埋めるのは,日本看護協会の活動が現場の看護職の思いを反映したものになるように願って行動する,「看護師職能委員会」の役目となろうか。
南裕子会長は,機関誌『看護』2002年1月号の「会長の手帳」で法案可決の状況を述べ,「『師』の名称にふさわしい質の高いケアを心がけようではありませんか」と結んでいる.
確かに,名は体を表す.「婦」にふさわしかった時代は,ナースキャップと白衣を見れば,「看護婦さん」と呼ばれて,病院の中で知りたくなったどのようなことでも聞かれる便利屋さんだった.それに応えるには,女性らしい優しさだけでよかった.
時代は変わった.女性も優しさだけでは生きていけなくなった.看護職への男性参入も社会の要請だった.にもかかわらず,その際,本質的な検討はなく,「士」の追加だけでは中途半端すぎた.
本当は,すでに優しさだけではどうにもならない看護業務になっていた.今ではキャップまではずしたので,外見はすっかり変わってしまった.体を表す名になってすっきりしたが,反面,ごまかしはいっさいきかなくなったことを肝に銘じよう.
今回の改定は,男女共同参画社会の思想と無縁ではないと思う.とすると,「師にふさわしい」中身は,女性を振りかざすこととか,女性特有の依存や甘えから完全に脱皮することではないだろうか.
(注:日本看護協会では,2002年3月1日付けで,「看護師」「准看護師」「保健師」「助産師」と呼称をすべて変更している.)

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